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マゴスへのメッセージ  第2回 「庭と生きる。」 映画作家 大林宣彦
Chapter2
庭は自然界への入り口、そこから自然界を学び取る。
監督: さっき池の話が出ましたが、川には柵が無い。「子どもが落ちませんか?」と聞くと、「子どもは川に落ちるもんです。柵を作ったら、塀から飛び越えて川に落ちた子が、陸に戻ろうとするときに危険ですから、柵は作りません。そのかわり、この町の大人たちは子どもと一緒に川に飛び込んで、『ここで落ちたら無駄な抵抗しないで、ちょっと我慢すればここに着く。ここに着いて土手を見上げると、丈夫そうな草が生えているけど、これは根っこが弱いよ。こっちの草は非常にか細いけど、根がしっかりしてるから、これにつかまって上がって来なさい』と。川からの戻り方など全部教えます。これが、1番安全なんです。安全というよりも安心なんです。柵を作って、柵を乗り越えて子どもが死んだら、乗り越えた子が悪いんだ、なんてとんでもないことです。だいたい、この町の未来を生きる子どもたちが、自分たちの町に流れている川が、何月になったらどれくらい温かいとか、何月になったら冷たくなるとか、土手の草の生態系を知らないならば、この町と一緒に生きていけるわけが無い。だから、自然と親しんでほしい。」と。町中が“庭”なんですよ。

あのすぐそばの竹田というところに、古い岡城という城があってね。狭い道に夏草があって、下は千尋(せんじん)の谷ですよ。でも、柵1本ないです。「危なくないですかねぇ。」と聞くと、「今までで、ここで落っこって死んだ人は1人です。柵作ってご覧なさい。すぐ死傷者増えますよ。」観光課の課長さんは、そうおっしゃる。しかも、あそこは観光の名所だから、バスがいっぱい来て観光客もいっぱい来る。お花見もやるんですが、危ないから、お年寄りの手を若者が引き、子供の手は母親が引き、ということをする。お酒を飲んでもお酒に飲まれない、穏やかでよい花見ができるのは、柵がないからです。つまり、町中が“庭”なんです。僕は、それが“庭”だと思う。

ただ、すごいですよ。軒が、道にせり出している細い道があってね。軒を15cm切れば、車が曲がれるんですよ。でも、決して切らない。そこに、ツバメの巣があるんです。ツバメが、毎年帰ってくるんですよ。「これは、私の家の軒じゃなくて、ツバメの家。帰ってきたときに家がなかったら、ツバメはどうなるか。だから、これは切りません。遠回りかもしれないけど、このまままっすぐ行って曲がって曲がってすれば、ちゃんと行けるんですよ。」と言う。そういうことをやってる町が、まだちゃんとあるんですよ。
なぜ、九州に旅行へ来るんですかって聞かれると、僕は、九州にではなくて日本へだって答えます。僕が子どものころ好きだった、日本の人々の暮らしが、まだ守られている。

まぁ、そういう町でも、やっぱり時代の中でどんどん変わってきてね。商店街の中にアーケードがあったんだけど、日が射さずに商店街は死に絶えてたようになってたんですよ。3年前にね、市長さんから呼ばれて行ったら、商店街のアーケードを取っ払ったと言うんです。そうすると、2階が見えるのね。まず、驚きですね。僕たちは、家の2階を見ないで暮らしてきてるんですよ。2階の屋根の上に、青空がある、白い雲がある。見渡せば町が全部わかって、自分たちが歩いていたところも、怖い路地じゃないと気づくんです。そうしたら、アーケード取っただけで、今度は人がどんどん歩き出すようになって、大変に町が元気になってきてるんですよ。
アーケード取った日に市長さんが何ておっしゃったかというと、「大林さん、これからまた臼杵(うすき)の町に、臼杵の雨が降るんですよ。」これは、すばらしい日本語だと僕は思うね。雨を避けることが文明だと思って、アーケード作ったんだけど、臼杵の雨に触れないで臼杵の人が暮らしたら、臼杵人じゃないという。
これ、21世紀を始めるのに、すばらしい人間の知恵だと思う。人間には、そういう賢さがいっぱいあるし、20世紀型の、つまり人工のものがいかに弊害をもたらしてきたかと、僕たちもしっかり反省をしたわけだから。
今、“庭”というテーマを考えるとき、よくあるガーデニングということじゃなくて、自然界を学ぶために自然界の一部がそこにあるんだ、というところから僕たちは始めるべきだと思いますよね。



大林宣彦 おおばやしのぶひこ
1938年、広島県尾道市生れ。自主製作映画、CMディレクターを経て映画作家へ。
『転校生』('82) 『時をかける少女』('83) 『さびしんぼう』('85)の《尾道三部作》から、若い人たちに圧倒的な人気を博した。続く『ふたり』('91) 『あした』('95) 『あの、夏の日』('99)の《新・尾道三部作》、小樽を舞台にした『はるか、ノスタルジィ』('93)など、小さな町を舞台に多くの作品を発表している。『異人たちとの夏』('88)で毎日映画コンクール監督賞、『青春デンデケデケデケ』('92)で日本映画批評家大賞、芸術選奨賞文部大臣賞、『SADA』('98)でベルリン映画祭国際批評家連盟賞など、数多く受賞。
また、講演会や著書などを通じて語られる言葉は、日本を愛する心だけでなく、鋭い文明批評も含まれ、各分野で注目されている。

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