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マゴスへのメッセージ  第4回 「庭と生きる。」 映画作家 大林宣彦
Chapter2
日本人はメンテナンスの国民。賢い暮らしの後ろにうつくしい景色がある。
監督: 大量生産・大量消費じゃなくて、貯金箱に蓄積をしていくと。 そう考えると、日本人ってのは、スクラップ&ビルド、壊して作るじゃなくて、メンテナンスで生きてきた国民でしょ。 スクラップ&ビルドってのは、一頃はやった羽田離婚・成田離婚ですよ。 人間が、種の保存・種の発展を願うには、とにかく恋愛ってのはその証拠ですから。 自然に恋愛して新婚旅行に行ったら、君との愛情はもう賞味期限が終わった。 減価償却したから、君はゴミだとなるわけ。
今、殺人が非常に多いってのはそういうことですよ。 原価償却しちゃってるんだよね。人がモノになってる。
でも、日本人ってのは、そもそもメンテナンスという考えでね。 昔から畳屋さん、靴屋さん、カバン屋さん。 古いものを直して直して使ってというのは、あれ古いものを学んできたからですよ。 単に古いものを残すということではなくて、古い知恵を学んで伝えていこうという"温故知新"ですよ、メンテナンスってのはね。

メンテナンスってのは、映画もそうであって。 映画のストーリーが今まで何を語ってきたかを一言で言えば、人は傷つきあって、許しあって、愛を覚える、ということです。 つまり、人同士ってのは、恋人であろうと親子であろうと価値観がそれぞれ違うんだから、必ず傷つけ合うんです。 相手のためを思って差し出したものが、1番嫌いなものだったってこともあるわけです。 傷つけあうんだけど、お互いのことを語り合って理解していけば、わたしが好きだと思ってこれを勧めてくれたのね、じゃあ頂きますと言って嫌いなものが好きになっちゃう。 あなたのようにまったく違う人と一緒にいることで、私は幸せだなぁと想うのが、これが愛というものなんですよ。 だから、傷つけあって、許しあって、愛を覚える、ということを映画はずっと描いてきたのね。
だけど、スクラップ&ビルドは、傷つくのはうっとうしいからみんな閉じこもっちゃう。 傷ついたときは、相手はゴミだから殺しちゃえ、と。 愛はいらない、愛を学べない社会になったことが、今の人間の不幸になっているわけでしょ。
そう考えるとね、やっぱりこれからは、傷つけあうことが必要。傷つけあうことを恐れない。

庭というのは、あらゆる生き物がそこにいるわけです。
宮沢賢治の童話に、庭の童話ですばらしいのがあります。 ある生き物の娘が結婚して、いいなって言っていたら、隣にいた強いものが娘をパクっと食べちゃうのね。 今度は、その食べてうれしいなぁって言っていた強いものが、家族団らんでおいしいご馳走たべてると、またより強いものがきてパクっと食べちゃう。 共存・共生ってそういうことですよ。 非常に残酷な摂理を、僕たちは請け負っているわけで。
僕がこのごろ1番考えるのは、自分が死んだときに誰がパクっと食べてくれるだろうかと。 パクっと食ってくれなきゃ、生きてる資格ないんだよね。 だから、人間はやっぱり、自分が誰の餌になるのかってことを考えなきゃいけない。 わかりやすく言えば、そういうことだと思いますよ。
庭は、そういうことを学べる場所ですよね。 僕は、今日1匹の魚をいただいて、この魚をいただいたから人類として健全に育って、今度は僕をパクっと食べることで、誰かが健全に育ってくれるんだと。 栄養分のいい餌にならなきゃいけない。 栄養分のよい餌になるってことは、やっぱり自然界に寄り添った賢い生き物でなきゃいかんわけ。

僕の映画を見て、きれいな景色ですね、きれいな町ですねって言ってくれるけど、僕は一言、"賢い暮らしの後ろに、きれいな景色がある"と。 人間が、そこで一生懸命賢く生きてる。 つまり"巣"作りをちゃんとしてるとね、空気がきれいなんですよ。



大林宣彦 おおばやしのぶひこ
1938年、広島県尾道市生れ。自主製作映画、CMディレクターを経て映画作家へ。
『転校生』('82) 『時をかける少女』('83) 『さびしんぼう』('85)の《尾道三部作》から、若い人たちに圧倒的な人気を博した。続く『ふたり』('91) 『あした』('95) 『あの、夏の日』('99)の《新・尾道三部作》、小樽を舞台にした『はるか、ノスタルジィ』('93)など、小さな町を舞台に多くの作品を発表している。『異人たちとの夏』('88)で毎日映画コンクール監督賞、『青春デンデケデケデケ』('92)で日本映画批評家大賞、芸術選奨賞文部大臣賞、『SADA』('98)でベルリン映画祭国際批評家連盟賞など、数多く受賞。
また、講演会や著書などを通じて語られる言葉は、日本を愛する心だけでなく、鋭い文明批評も含まれ、各分野で注目されている。

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